自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

人格のストラクチャーではなく、本質のストラクチャーを理解しておきたい

 

人の世話を焼くという人格(エナタイプで言うと9)がやろうとすることは、全く自分のためになっていないし、ひいては相手のためでもないということにようやく気が付けるようになってきた。

 

このことだけでも、ゆったりした自分の時間がもっともっと持てるようになると思う。

 

そう、幼いころ(4~5歳)の私はいつもビリで、他の園児たちのあとをちょこちょこついていく方だったのに、大きくなるにつれ「お姉ちゃんなんだから」というメッセージと共に、妹たちばかりではなく他の子供たちの世話をまかされたり、小学校も中学校も「学級委員」のバッチを付けさせられて、だんだん「優等生」の仮面をかぶってきた、というよりかぶされた感がある。

 

 

と、いま振り返って思うことだけれども、人格形成のストラクチャーは、長年気づきを向けてきたことだけに、「気が付ける」感性が育ってきたと思う。

 

ここからは本質のストラクチャーを理解してゆきたい。心の底からそれを欲している私がいる。

 

4~5歳までの私が持っていた、だからこそ私の中にまだしっかりとある「本質」の部分がもっともっと表出してこれるようにーー。

 

夢いっぱいで、好奇心に満ちた、けっして出しゃばらないけどみんなのことを愛している、古いアルバムの中の、屈託のない笑顔が、ふたたび表出してくるようにーー。

 

シフトの時なのだと思う。

 

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