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自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

朝陽に起こされ、夕陽になだめられる日々

朝陽に起こされ、夕陽になだめられる日々

 

 窓際に寝ている私は、カーテンを避けて外をチラ見してから起き上がるという習慣が身に付いています。

 

 今朝は青い空に浮かぶポコポコした雲の影からお日様が顔を出していて、もう起きるしかない! って感じでベッドから起き出し、時計を見てびっくり! まだ朝の5時過ぎでした。 

 

 う〜ん、もう少し寝かせろよ〜、という私もいたのですが、文句なしに明るく、凛としたお日様にはかなわないんです。

 

 最近になって気がついたのですが、今住んでいるお部屋は小さなワンルームで、インドのOsho瞑想リゾートに住んでいたときの部屋を思い出させます。瞑想ホールとワークスペースと自分の部屋を行き来する毎日だったあの6年間は私の宝物です。

 

 当時の私は、可能な限り早朝のダイナミック瞑想と、夕方のクンダリーニ瞑想をしていました。ダイナミック瞑想から出て来て飲むチャイは格別の味わいです。朝陽を浴びながらみんなとおしゃべりし、ゆるゆるとワークの場所に向かいます。

 

 いろんな出会いの中で起きる自分の習慣性のパターンなどに一喜一憂しても、クンダリーニ瞑想が終わる頃には胸のもやもやはどこかに消えています。キャンティーンで夕陽を眺めながらしばしお茶する時間が大好きでした。夕陽になだめられている感じがね、何とも良かったんです。

 

 企業や団体で瞑想の時間を取ることをすれば、世の中はもっと平和で、活気に満ち、創造的な生き方ができるのだってことに私は確信を持っていて、そういう働きかけをしています。存在が与えてくれた黄金の6年間への感謝の気持ちにもとづく、私なりの社会貢献です。

 

この社会にいながら、それに属さない生き方

 

 少し話しが横道に逸れますが、みなさんは世の中の仕組みをどんなふうに見ていますか?

 

 私が思うに、一人の政治家がどんなに素晴らしい政策を打ち出しても、大衆が眠っている限り、勝ちはつねに一握りの権力者の手にある。そして彼らは目覚めているわけではなく、カネと権力の虜になっているだけなので、延々とパワーゲームを続けるしかないんです。

 

 社会の仕組みが根こそぎ変わらない限り、世の中はけっして良くはならない。いつまで経っても一般庶民である私たちは、権力者のパワーゲームの犠牲者でいるだけ。だからこんな社会に期待するほうが間違っています。

 

 じゃあどうすれば良いのか? 

 

 この社会に生きていても、それに属さない生き方をすることです。別次元で生きると言っても良いでしょう。

 

 そして、意識を覚醒させた、別の次元で生きるために、瞑想は欠かせないのです。

 

 こんなふうに言うと、瞑想を駆け込み寺にしそうな人々もいるかもしれませんが、確実に変容をもたらすOsho瞑想を真摯にやれば、どんな人もやがて自分の足で立つようになります。

 

 またこんなふうに言うと、沖縄で起きている一方的な権力行使や、まだ何ひとつ解決していない原発の問題に関与しないつもりかとお叱りを受けるかもしれませんが、「社会に属さない」という立ち位置は「自立」を促します。一人の人間としてできることをしていくという立ち位置を、まずは確立することだと思うのです。

 

朝陽に起こされ、夕陽になだめられる日々を生きてみたいと思いませんか?

 3泊3日の瞑想リトリートはあなたを瞑想の深みに誘います。それは「独り在ることの豊かさ」の体験です。源泉掛け流しの温泉付き施設で、ゆったりと静かなときを過ごしてみてください。

 

www.reservestock.jp