自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

心が折れそうだった、なんて。。。

自分自身のマスターになる

瞑想コーチ 斉藤 ダソです

 

 

心が折れそうだった、なんて。。。

         

 

 

昨日の夕方のことでした。

 

電車の座席で目を閉じていたら、すぐ隣に座っていた

少年たちの会話が聞こえて来たんです。

 

心が折れそうだった。。。しばらく何もできずにい

た。。。そうそう、思い出した! 学校の中でそうな

ったんだったよ。なんかね、声がしたんだ。

 

”ボクは授業に出たくない”って。その瞬間、稲妻にあ

たったみたいだった。それで、それから学校に行けな

くなって、それで、ずっと家にいるの。あはは」

 

「あはは。。どのくらいになるの?」

 

「1ヶ月くらいかな。。あはは。」

 

「あはは。。。(小さな沈黙のあと)なんか将来やり

たい仕事とかないの?」

 

◯で働きたいと思っている。◯は良い企業だ。

やりがいを持てると思う。でも今のままじゃ単位が足

りないって言われているよ。あはは。」

 

「あはは。がんばれよ! あはは」

 

「あはは」って言う空笑いが異常なくらい大きく聞こ

えるのは、きっと彼らの無意識のカモフラージュなん

でしょう。聞き手の少年が彼なりに一生懸命励まそう

としているのも、不登校の少年の生に対する真剣さも、

すべてがその空笑いに込められているようで、ほんと

うに心が折れそうでした。

 

 

心が折れそう、なんて言葉はね、苦労に苦労を重ねて

来た人間の言葉なんだよ。若者が使うべき言葉じゃな

い。そんな言葉を彼に言わせている環境があるんだと

すれば、間違っているのはこの社会なんだよ!

 

心の中でつぶやきながら、ふたたび目を閉じたんです。

 

若者の夢に合掌をーー。

 

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