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自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

巷で言う“ガイド瞑想”とは、言わばアボガドのさしみとかちくわの蒲焼きですかね

え? つまり、名称から“何となくそれっぽいイメージ”を持たされる

類いのものです。

 

瞑想をリードする者にとって「瞑想」を「ガイドする」というコンセ

プトはあり得ません。瞑想には「インストラクション(指示すること)」

はありますが、自分を見守るのに誰かにガイド(導くこと)をしても

らう必要はないのです。

 

自分自身を知るのに人に手伝ってもらってどうする? ってこと。

 

かたやヒプノシス(催眠)にはガイドが必要です。意識マインドを眠

らせるためにね。大昔は目の前にかざされた揺れる振り子を見つめた

りしていたようですが、現代ではさまざまなインダクション(誘導)

の方法があります。

 

Oshoは「ヒプノシスは瞑想への架け橋だ」と言っています。人びと

がまだ眠っている可能性に目を向けることを学ぶことで、自分自身に

起きていることに気づきの光を向けられると。私がヒプノシスを通し

て分かち合いたいことはそれです。

 

ちなみにOshoセラピストと呼ばれる人たちには必須科目があって、

「ヒプノシス」「ブレス(呼吸法)」そして「瞑想リード」はかなら

ずマスターするようにとOshoは勧めていたらしいです。

 

それにね、Oshoの講話を聞いたことのある人はわかると思うけど、

真剣な話が続いていくと思いきや、とつぜんジョークを飛ばしてみん

なをくつろがせるといった彼の話し方はヒプノそのものです。

 

働きかける方向は違っても、結果的に「意識マインドがくつろいで、

深みが広がる」というところは、瞑想もヒプノも同じかもしれません。

 

That's right...そうです。。。

 

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