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自分自身のマスターになる

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

禅の伝統にある「公案」とは答えのない問いです

瞑想 自分自身のマスターになる

自分自身のマスターになる

瞑想コーチ 斎藤だそです。

 

禅の伝統にある「公案」とは答えのない問いです。公案は閃光の矢の

ように私たちの思考に突き刺さり、思考を捉えます。そのプロセスは

「十牛図」として知られています。

 

※詳しくはオフィシャルサイトをごらんください。

 

一人の西洋人が伝統的な「公案」をコミュニケーションテクニックと

組み合わせて新しい形を作り出したものを「アウェアネス・インテン

シブ・公案エクササイズ」と呼んでいます。日本語に要約すると「絶

え間なく目覚めているために公案を使った技法」と言えるしょう。

 

ここまで書いて、読者のみなさんがちょっと引くかもなって感じてい

ます(笑)が、みなさんがおそらく見落としているであろうことは、

覚醒している、意識的でいるということは、もっとも安心で、もっと

もくつろぐことだということです。

 

ほら、たとえば全力疾走で駆けた後に、爽快感といっしょにすごく静

かになる感じってわかりますか? それに似ていると思いますが、そ

のときに手に入れる大いなるくつろぎはからだだけのものじゃないん

です。

 

インテンスに気を抜かないで自分自身に向き合うのって確かにしんど

いです。見たくない感情だとか、辛い思い出を思い出すとか、身体的

に疲れるとかね。でもある一定のプロセスを超えると、これがですね、

もうたまらない開放感の、ある境地に入るんです。

 

しかもどんな人もね。

 

だいいち、見たくない感情って言うけど、そんなものを抱えている方

がどれほど大変かって実はみんな知っているわけだしぃ〜。

 

辛い思い出にしてもそう、辛い辛いって言いながら実はそれに依存し

てたりして、なくなるのが寂しいんだよね〜。いやはや。。でもこれ

って妙なクセかも。。

 

それに、身体的に疲れるって言うのって実は思考が言っているんです。

 

そういう普通では気がつかないことにバッチリ目覚めるという意味で、

このプロセスは一度やったらやめられんのです。それを依存だと言わ

れたらそれまでですが、まあ、それは一度やってから言ってください

ませ。

 

 

www.reservestock.jp