自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

人の話がどこまで聞けているのか?

人の話がどこまで聞けているのか?

 

人間は五感を通じて世界を認識しており、それぞれが主観的な現実の中に生きています。100人いれば100の違った世界があるわけです。お互いがなかなか理解しにくいのも仕方ないことなんですが、私たちのエゴは、人はみんな自分と同じものを見ていて、同じように感じていると思い込んでいるので「何で私の言っていることがわからないの?」ってなるわけです。

 

そして、その違った現実を生きている他人の話を聞くとき、私たちは自分の主観的現実の中にある情報から考え、判断するので、その話を自分がわかるように要約しないことには思考が「考えて」「判断する」ってことは無理なんですね。

 

場の空気を感じるのが得意な日本人は、相手の言いたいことを「感じる」のに長けているかもしれません。「言わなくてもわかるだろ?」っていうのを訓練されているとね。でも、やっぱりコミュニケーション取るには言葉を使うので、微妙なニュアンスを伝え切れなくてその積み重ねが「価値観の違い」なんて余計な言葉を作り出すことになる。

 

まったく世の中には余計な問題が多過ぎます。誰一人間違った人などいないのに。。。

 

瞑想で自分自身を見つめること

 

私はクリーン・ランゲージというとてもオーガニック(自然発生的)なコミュニケーション技法の使い手です。

 

世の中で「問題」と呼ばれることのほとんどは人とのつながりの部分で相手の話が聞けてないから生じていると感じていて、そのコミュニケーションがスムーズになるだけでも多くの問題が片付くと信じています。なので、この技法を教えたりもしています。

 

しかし、そもそもが先に提示したようなことなので、最初に気づいてもらいたいことは自分自身とのコミュニケーションなんです。

 

人にかかわるのは、自分自身を知り、そこに起きていることを俯瞰して見つめられるようになってからです。 瞑想を勧めているのはそういう理由からです。

 

瞑想コーチという位置づけ

気がついたら自分の人生の根底には瞑想だけがあったんです。

 

数秘やタロット、家族セラピーやヒプノセラピー、NLPやクリーン・ランゲージ、、、いろんなものを習得して来たけど、全部が瞑想につながるんですね。

 

瞑想があればどんなツールも習得するのは大してむずかしくないです。なぜなら瞑想者はさまざまなことへの自己同化が希薄というか、まあざっくばらんな言い方をするなら「上手くできるかできないか」とか「失敗するとカッコ悪い」なんて思わないからです。

 

むしろどんどん失敗して、その失敗をじっくり眺めます。するとそこから大きな気づきが生まれるわけです。

 

その体験を振り返った時に、「そうだ、このことを伝えたい!」と思ったわけです。

 

私の瞑想コーチという位置づけは独自のものですが、単に瞑想を教えるだけではなく、その人に合った瞑想法をコーチングする。世界広しと言えどもそれができるのは自分だけだと気がついたら、「自分自身のマスターになる」というテーマも実にしっくりしたわけです。

 

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斉藤 だそ さいとうだそ 自分自身のマスターになる