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自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

阿吽の呼吸がどんなふうにして起きるかというと

阿吽の呼吸

 

2週間のサトリリトリートという瞑想のコースに入った時のことです。私たちは瞑想中もお皿洗い当番が割り当てられていて、35人くらいの参加者がいたんですが、毎回それだけの人数分の食器を洗うことになるわけです。

 

ほら、禅寺でも食事を作るお坊さんたちはそれを瞑想の一環としてやるわけで、それと同じようなもんですね。その作業の中でいかに自分を見失わないでいるかということの大きな学びになります。

 

でもね、その日はちょっと焦りました。与えられていた時間はおそらく30〜40分ほどだったと思うのですが、担当する4人でやっと時間内に終わる作業に、私ともう一人の参加者以外の2人が来なかったんです!

 

2台の食器洗い器を使うとは言え、おおよその油分は落としておかないといけないし、35本のナイフ、35本のフォーク、35本の小スプーンと大スプーン、35枚の大皿に小皿、35個のカップ、おまけに食卓に並べられていた5〜6種類のでっかい盛り皿も、すべてを洗って乾かして棚に並べて、おまけに10個のテーブルを拭くんです。

 

この瞑想リトリートは全員沈黙の中に入っているので他の人と口をききません。私ともう一人は一瞬顔を見合わせ、状況を察知し、頷き合って、ただ黙々と作業を始めたんです。私たちは阿吽の呼吸で作業をしていました。

 

食器洗い器に食器を並べる、スイッチを入れる、待つ間に残りの食器の油分を落とし、洗い終えた食器を重ねて棚にしまう。その一部始終がまるでスローモーションのように見えていて、私たちの手や腕だけではなく全身がものすごく目覚めた動きをするんです。

 

そして、私も彼女の今までにないくらい静かでした。

 

私の一部は小さな驚きを感じていましたが、むしろ静けさの方がどんどん増大していくのです。

 

人間の進化は唯一、瞑想を通してもたらされる覚醒によって可能です。それが人間の特権であり、人間として生まれた以上、その能力を活用していくことは、大切な責任でもあるのではないかと思うのです。

 


斉藤 だそ さいとうだそ 自分自身のマスターになる