自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

良い文章とは?

10分でも書けることをだ〜っと書いちゃう時があれば、数日かけてじっくり文章を吟味する時もあります。

 

どちらが良いとか悪いとかはないのですが、ふと、大昔、原稿用紙に手書きで文章を書いていた時のことがよみがえるんです。

 

先輩の執筆家が「字を見れば調子良く(良い文章が)書けているかどうか一目瞭然」って言ってたんですが、タイプを打っているとそういうところで幻想というか思い込みと言うか、書けている気になっちゃうってこと、多いと思うんです。

 

それをどんなふうに見極めるかも「書くこと」の大事な要素だと思っています。書き込みがあったりするのは確かに一つの応答ですが、昨今では「気がついたらクリックしていた」なんてことも多いから、私は(きちんと応答してくださっている方には申し訳ないけど)特にフェイスブックの「イイネ」なんて一切信用していません。というか、それを見極めの材料にはしていないということ。アクセス数も違いますね。

 

良い文章はずっと後になってでも人が「あのとき書いてあったことが。。。」って言ってくれたりします。それと近しい感じで、自分の中にも残っているんです。ふとしたときに自分で書いたことが頭をよぎって、こだまし、「そうだよな」って自分で頷くーーそんなときにね「自分自身のマスターになる」を両手で大切に抱えたいと心底思うわけです。

 


斉藤 だそ さいとうだそ 自分自身のマスターになる