自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

猫好き? 猫嫌い?

何だかなあ〜

 

朝庭に出て片付けものをしようとしたら、真っ白な猫が階段のそばでピクピクしていたんです。客人を呼んでいっしょに様子を見ていたら、いきなりのたうち回ってよだれを垂らした猫ちゃん。。。

 

「毒かも。。。猫嫌いの人が毒を食べさせたりするって聞いたことがある。。」なんて客人が言うので、箱に入れて病院に運ぶことにーー。半ば駄目かも、なんて思いつつも、原因を知りたいとも思ったのです。

 

近所の犬猫病院の獣医さんはほんとうにやさしい方で、感染症かもしれない、様子を見たいからと預かってくださったのですが、「毒かも」っていうことが頭から離れずちょっと嫌な気分でした。

 

数時間後、「いま息を引き取った」という連絡が入り、獣医さんからいろいろ伺って、市の施設に頼んで死体を引き取りに来てもらうことに。。。結局原因はわからなかったのですが、やさしい獣医さんに取られ、おまけにきれいな箱に納めてもらった白い猫ちゃんは意外にやすらかな顔で横たわっていました。

 

「ノラ猫」と私たちが呼ぶ飼い主のない猫や犬たちは、人間側の勝手な判断で好かれたり嫌われたりするのですが、もし「毒を盛る」という行為を猫嫌いな人がするんだとしたら、死ぬところまで自分で面倒見るべきだと思います。

 

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その選択に責任を持って欲しい!

 

同様に、好きだから、可愛いからと言って気まぐれでエサをあげたりあげなかったりする私のような人間も、その「気まぐれさ」に大して責任持つべきでしょうね。

 

彼らがいやしてくれる分、ちゃんとお返ししたい。

 

そう思って、病気の猫は面倒見ると決めているんですが、ひとつの集落に猫好きと猫嫌いが住むのは戦争だ、とも思っています。どうしたもんか? 近所の猫嫌いのおじさんの顔が浮かんで、口が一文字になっちゃうわけです。

 

猫好き? 嫌い?

いずれにしても、猫が好きか、嫌いか、なんてところで勝負しないでほしい。猫であれ人間であれ、お腹を空かしている相手に食事を与える。病気の相手をいやしてあげるーーあたりまえのことをあたりまえにやるだけです。

 

それこそが自分自身のマスターでいることかなと。。。

 

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斉藤 だそ さいとうだそ