自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

自分自身のマスターになるを短く言うとね

思うに、ブログの読み方はね。。。

 

巷では「はてなブログ」には文章力、表現力のある人が集まっている」と言われているらしいです。確かに私が気に入って読んでいるのは、はてなかFC2だということから納得するんだけど、でも「文章力、表現力がないブログ」つーのはどういう観点で書くんだろうってむしろ不思議です。

 

ファンを持っていてその人たちに向けて書くならFBで事足りるし、私の中で商品販売というのはまったく別枠なので、両方とも「読む」対象にはならないです。

 

じゃあこの短い記事の中で何を「読みたい」のかというと、私とは違った視点で世界を見ている人たちの感じること考えることを知りたいんです。それだけで世界が広がると思う。。。だから、たとえば一人で悩んでぐじぐじ言ってなきゃいけないときでも、人のブログを読んで「ああ、そうかあ、、」なんてね。それだけでいやされるじゃないですか。

 

自分自身のマスターになるを短く言うとね

 

すごくシンプルに「今ここにいる」ってことだし、「ただ在る」とも言えるかな? でもって「マスター」という言葉が喩えことばとしてこのタイトルの魂を抱えているんです。

 

ブログを書いていると良くあるじゃない? アクセス解析を気にしたり、タイトルに気を遣ったり、、、私もこのブログが「自分らしさ」で検索してトップに来るまではSEO対策で相当書いた。書いて書いて書きまくった。もちろん書きたいこと、伝えたいことを書いたから楽しかったけど、「自分自身のマスターになる」はこのタイトル自体に魂がこもっているので何も気にならないんです。

 

魂の局面から言うなら、「自分自身のマスターでいる」はうそ偽りのない私そのものだから、他者との比較もなければ競争も何もないんです。それってただ楽っちですね。

 

今日はちょっとご報告

 

今日はちょっとご報告があるんですが、10月20日リリースで「自分自身のマスターになる」のメルマガ配信が始まります。シリーズでお読みになりたい方はこちらからどうぞ。毎朝9時に配信されるので、メールで受け取れるということですね。(あ、それくらいわかるって?)


斉藤 だそ さいとうだそ 自分自身のマスターになる