自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

自分らしさのパッケージ

マインドを使うことについて

 

いま過去歴を調べたら、今年3月26日からこのブログを書き始めているので、今日で62日目ということになります。そろそろネタが尽きるかもと思っていたのですが、反対に書くことが次から次に浮かんで来るようになりました。

 

これはマインドの訓練によるんじゃないかと思っています。最近は、(また日をあらためて詳しく書きますが)あるコーチの提案にしたがってマインドのトレーニングをしているんです。だから私のマインドはどんどん学習しているんでしょうね。

 

ところで、私は長いこと瞑想をしてきていますが、世間一般で瞑想をかじった人たちが良く言う「マインドを落とせ。ハートで生きろ」みたいな偏った提案に反対です。というか、そういうこと言う人って、往々にして安直な考えから言っている感じがするんです。

 

マインドがあるからこそ日常生活を営むことができているのに、それ落としてどうすんの? ハートだけで生きるなんて言ったら、ハートがどれほど負担になるか、考えたことあるのかしら? 

 

マインドに支配されるのは間違いだけど、それは上手に使えば有能な秘書信頼のおける執事従順な召使いとして働いてくれます。

 

それにマインドの創造性を花開かせることができると、それはさまざまな作品を生み出します。もちろんそのときはハートがいっしょに働いていますけれどね。

 

“自分らしさ”のパッケージ

 

ま、そもそも、これがマインドとか、これがハートなんて分けること自体おかしいんですけどね。自分らしさの中には、マインド、ハート、からだ、魂、それらのすべてが含まれています。どれ一つ欠けてはいけないし、どれ一つ優劣はつけられない。

 

どれ一つおろそかにしないことが大事だし、それらのすべてが「私」だということには気づいていたほうがいいでしょうね。

 

そして、おそらく、何か一つに偏っているときに、人は「自分らしさ」を見失うのかもしれません。

 

 

自分らしさに出会う旅 

 

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