自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

“自分らしい死”...なんてロマンチック!

自分らしい死は「一人で安らかに死ぬ」ですね

 

うっかり窓を開けっ放しにしていたら、ブ〜ンという例の羽音をさせて、大きなクマバチが仕事部屋に入って来ました。「おねがい」ってつぶやいて、その部屋から出た私は、閉めたふすまの外で、息をひそめて羽音がなくなるのを待ったのです。

 

蜂さんが嫌いなわけではないのですが、なにせ次に刺されると命がないと医者の宣告を受けているので、今の時期はけっして森の中をのんびり散歩なんてできないです。いつもいつもエピペン(アナフィラキシー症状を防ぐ自己注射薬)を持って歩くわけにもいかないので、蜂さんがそばにやってきたときに、どれほどリラックスしているかが問われるわけですね。彼らは緊張のバイブレーションに反応すると言いますから。。。

 

まあ、最近は「いつ死んでもいい」って思っているんで、刺されたら刺されたときで、15分の間に救急車を呼べればラッキー。無理だってわかったら、そうだなあ、ソクラテスみたいに、心臓発作の手前まで目覚めていようとするでしょうね。

 

あ、いまからだの◯◯がしびれてきた、あ、いま熱いものが中心に流れていく、あ、いま...私はここにいる! な〜んてね。

 

もっとも避けたいことはというと、実はね、人に迷惑かけたくないんです。親しい友人を二人も看取ったんですが、苦しむ彼らに最期まで付き添った経験があるからこそ思うんです。「一人で安らかに死にたい」ってね。

 

孤独死なんて言わないでくださいね。だって、なんか寂しそうじゃないですか。私にとっては、「一人で安らかに死ぬ」は最高にロマンチックなことなんです。

 

」を覚悟する「

 

さて、蜂を見るたびに「」を覚悟するっていう「」もなかなか乙なもんです。事実として人はいつ何時死ぬかわかったもんじゃないんだし、そのことを覚えていられると、目に見えるものは鮮明に彩られ、耳に聞こえるものはエネルギーレベルの振動として入って来る。。。自分の呼吸が愛おしくなります。

 

そうか! これを覚えておくために、手の甲に蜂さんの入れ墨でもするかな? なんて馬鹿な考えを書いてしまうのは、きっと深いところでは覚悟なんてできていないのかもしれませんね。

 

すべてを存在にゆだねたなら、“蜂”は正しい瞬間にやってくるのでしょう。

 

そして、ブ〜ンという蜂の羽音を耳にするたびに、そっと息をひそめ、全神経を今ここに持って来ることで、“ゆだねる”が、訓練されているのだと、、、ええ、確かにそう思います。

 

 

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