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自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

自分らしさの空間はいやしの空間だ

自分らしさの空間はいやしの空間だ

 

3日ぶりに家に戻って、ぐったり布団に倒れ込み、ぐっすり寝て、すっきり目覚め、窓を開けたら、「やっぱりここがいいなあ〜」ってニンマリしました。

 

2月の大雪にかなりな恐れをなして、さっさと引っ越そうと思っていたんですが、この朝陽、この小鳥たちのさえずり、この目の前の緑、この冷たい空気はかけがえのないいやしです。それに、「家にいる時だけエサをあげている野良猫」におはようを言うのも、私にとってはいやしなんだなって。。。

 

で、後でいやしの空間に戻って来ますが、その前にちょっとだけ横道に逸れますね。

 

昨夜戻ったときに、家の中に誰かがいる気配を感じたんです。一人暮らしをしていると、ときどきそういう妄想が浮かびます。頭の中の一部では「そんな馬鹿な」って思っているんですが、別の部分で「気配」として感じるんです。何なのでしょうね? 

 

で、そういうときは、往々にして悪夢を見てうなされるので、浄化グッズを布団のまわりに置いて「ハロー。ご機嫌いかが? せっかくいらしてるんだけど、私はあなたのために何もできません。さようなら」という究極のマントラを唱えて、さっさと眠りに就きました。

 

これ、バリ島にいて、いろんなスピリッツとのご対面に悩まされていたときに、同じ経験を持っていた友人に教わったんです。めちゃ効き目があって、重宝してます。こういうことって、ある種の人には頷かれるけど、笑い飛ばされることもあったりして、まあ、捉え方はさまざまですよね? 

 

マインドの想像力 VS 瞑想の力

で、人間心理を勉強している者としては、自分なりの考えを言及しておくべきだと思うので、そのこと書いてみます。

 

昔から私はサイキックな子どもで、幽体離脱は得意だったし、ちょっと大きくなってからはテレパシーの訓練に励んでいたりしました。ま、今で言えばオタクってことでしょうが、一人遊びの延長がそんなふうになっていったのです。

 

そのうち、自己流で瞑想的空間を体験するようになりました。たとえば、鏡の前に手鏡を持って立ち、中に映る自分の姿を追っていると、マインドが静かになるんです。暗闇の瞑想も、光の入らない真っ暗な空間を家の中に見つけたもんで、そこに入って目を凝らすと、最初はマインドが作り出す幻影が見えているんだけど、そのうち頭の中が空っぽって瞬間が来るんですね。雲を眺めながらお話を作るという例の遊びをしていくうちに、お話が出尽くして、雲と雲の合間に、ふっと静かになり、その瞬間大空に吸い込まれた体験もあります。

 

だから、40代になってからヒプノセラピーを学び、無意識マインドと意識マインドの関係などを知るうちに、いろんなことが腑に落ちるようになってきたのです。つまり上記に書いたことも今振り返って言葉にできることで、当時は自分が何をしていたのかはわかりませんでした。

 

で、子ども時代の幻想、妄想を含む数々の幻影について、自分の体験から、それらすべてがマインドの想像力が作り出すものだと結論付けています。サイキックパワーと呼ぶものの中には、マインドを超えた力があるかもしれませんが、それでも、マインドの領域から起こっていることのほうが多いと思います。そのくらいマインドの力というのは強力だし、そもそもその想像は特別でいようとする自我が引き起こすものなので、油断なりません。

 

瞑想を深めて行くとわかるのですが、「エンライトメントしたぞ!」ってマインドが叫ぶこともしばしばなわけで、そこで気づきの手を緩めるととんでもない勘違いの世界に入って行きます。ま、何度もそれやってると、またかってなりますけどね(笑)

 

簡単に言うと、瞑想体験は自分の存在につながることで、つまりは冒頭に書いたいやしの空間に連れて行ってくれます。特別でいようとするエゴがマインドの想像力を活性化させて作り出されたサイキック体験は、マインドファック(マインドのぐちゃぐちゃ)に連れて行ってくれます。

 

気をつけたいですね。

 

自分らしさを体験する講座Who is in体験なんて地味〜なアプローチを続けているのも、人びとが勘違いから出て来て、ほんとうのいやしを取り戻してほしいと思うからです。21日間のステップメールでそのテイストをお届けしていますので、良かったら読んでみてください。

 

そうそう、私が活用しているリザストのメルマガ、ステップメールは、ワンクリックで登録、解除ができるので、ややこしい手続きはありません。念のためお伝えしておきますね。