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自分自身のマスターになる

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

自分らしさ、そして個性

自分らしさと個性

自分らしさの定義

 

自分らしさとは?にも書きましたが、「らしさ」とはそのものの持つ特徴的要素、その輪郭をはっきりさせる言葉と私は定義づけているので、自分らしさは、自分の持つ特徴的要素の明確さということになるでしょうか。。。

 

それを個性と呼ぶこともできますが、私は「自分らしさ」のほうをより本質的要素としてとらえています。

 

個性の定義

 

類語辞典で自分らしさの類語として最初にあげられている「個性」は、「その人独特の性質、性格」となっていて、個性の類義語には、持ち味、固有の特性、キャラクター、独自性などとなっているように、個性は文字通り、個の持つ性質、性格のことと定義づけています。

 

自分らしさと個性の違いで私が取り上げたのは、英語のIndividuality(個であること)とPersonality(個性)の違いでしたが、私の関心は、個性よりも自分らしさ、もっと言えば、外側の性質ではなく、内側の本質なんです。

 

とはいえ、いろんな物事がごっちゃになっている現代では、言葉の使われ方も曖昧だし、何がらしさで、何が本質かもわかってないでしゃべっていることがほとんどです。だから当然、人によっては解釈が違うでしょうね。

 

自分らしさは個性ではない

 

昨日はひとまず二つを同義語と捉えて書きましたが、今日はそれらを別々の場所に置いてみています。こういうことって「やってみてはじめてわかる」ことなので、あしからず。。

 

たとえば、個性的(Uniqueness)っていうと、それはまた個性とは違うし、、、私はそもそも日本語の定義づけが曖昧だと思っているので、言葉を定義づける時は、それが日本にしか存在しない言葉でない限りは、英語で考えるようにしています。

 

わびさびをWabi Sabiと訳してしまう英語圏の人々は、ぜったいに意味を理解できないので、「蛙飛び込む水の音」のあとに「splush!」なんていれちゃうわけですよね。

 

それは日本の日本らしさを理解し得ない彼らの個性だと思います。

 

そして、私が関心を持つのは、個々の人々の個性をどうこうすることではなく、その人がその人らしさに気づいていくことです。

 

先日、会ったクライアントさんにもお伝えしたのですが、「この世の中には一人として”おかしな”人はいない。みんな精一杯生きていて、自分ができる最高のことをしている。そして、その人の問題を解決するために必要なリソース(資源)のすべてはその人が持っている」というDr.エリクソンの言葉を私は全面的に支持しています。