自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

私はだれか? と問うとき

私はいったいだれなんだ?

 

私らしさについては話せても、「私はだれか?」に答えるのはむずかしい気がしがちです。そして、大切なのは、この問いかけです。

 

何だかんだ言っているけれど、この「私」っていったいだれなんだろう? 仕事で成功もした、ステキなパートナーも見つけた、欲しいものはすべて手にした、でも、いったい全体これがほんとうに「私」の欲しいものなんだろうか? そもそも、それを欲しがっていた「私」はもうここにはいない。だって欲しいものは手に入れたのだから。。

 

かたや、何一つ欲しいものは手に入らないという人がいます。だから一生懸命、それを手に入れようとしてもがいている。(同じことです)そのもがいている「私」はだれなのでしょう?

 

公案と呼ばれる「答えのない問い」は伝統的な禅の技法の一つで、究極的な問いとも言われています。

 

和尚庵のWho is in?リトリート

 

つい先日「グルジェフ・ムーブメンツ」に参加するために訪れていた和尚庵瞑想センターは、愛知県の山間部にあるすばらしい空間です。

 

参加者の半分は、「和尚庵に来たくって参加した」というほど、瞑想好きな人びとがうわさしている空間なんです。そこには特別なものが何もない代わりに、おいしい食事と、新鮮な空気と、静けさがあります。

 

5月連休にはそこで「私はだれか?」を問い続ける瞑想リトリートを開催します。通常私たちは自分が開催するイベントに「参加するとこんな良いことがあります」とか、「あなたの◯◯が解決します」という告知をすることが多いですが、このリトリートに関しての私の立ち位置は、ただお知らせするだけなんです。

 

自分に必要なものだと感じ取ることができる人がかならず集まってくるからです。そして、私自身もその一人だから、毎年この時期のこの瞑想リトリートは外せないのです。

 

何のための人生か?

 

自分自身の食いっぷちを稼ぎ出すことや、家族を養うこと、などなど、生活していると、けっしておろそかにできない課題があれこれあります。でも、朝起きて、満員電車に乗って、職場に行って、疲れて帰ってきて、食べて、寝る。の繰り返しが人生だなんてだれも思っていませんよね?

 

じゃあ、私たちは何のために生きているのでしょう? というか、人のことはともかく、私は、他の誰かのように振る舞うのではなく、私自身でいる人生を生きています。日々の変化に気づきながら、体験できることのすべてを体験し尽くす生き方をしています。

 

ひと言で言うなら、自分はだれなのかを知るために、生きています。

 

 

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