自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

自分のことを良く知っていると楽に生きられる

自分のことを良く知っている人を検証すると。。。

私のまわりで、自分のことを良く知っている人だな、と思える人たちを観察すると、みんな生きていくのが楽そうです。

 

そんなことないですか?

 

何と言うか、うれしいことも悲しいことも、めっちゃ幸せなことも、サイアク〜ってなことも、軽く受け流して、笑っている人が多いなって。

 

私は私って彼らは言うんだけど、それが身勝手な感じじゃなくて、すご〜く温かいんです。自分をちゃんと見てあげている感じかなあ?

 

なので、ここにも「自分らしさ」を抱きしめるヒントがあると思います。

 

自分らしさ認知度テストの結果にお答えくださった方が10数名いらっしゃる中で、意外だったのは、「自分らしさを愛せますか?」の問いに「はい」と答えた人が今のところゼロ。そうなんだなあ、って思ったら、ここで書いているテーマも重要かも、と思えてきました。

 

 自分らしさを愛せたら

 

自分らしさを愛する、というとき、そこには何か抵抗する部分がある気がします。ん? ほんとう? みたいな。

 

でもね、今朝聞いていたOsho講話でこういう話があったんです。(これは私の理解で、言葉通りに訳しているのではありません。念のため)

 

思考が二つの次元で働いている時、一方では、私は満たされている、と感じながら、懸命に瞑想している。でも、もう一方で、別の思考が「こんな無駄なことをしていても何にもならない」と言っていたとしたら、あなたはどこにも到達しない。思考は二分している。

 

懸命に瞑想することにエネルギーを込めれば込めるほど、その「無駄なことをしている」という部分は逆に力を持つ。そして、ときどき顔を出してきては、「無駄」というメッセージを送ってくる。その力に翻弄されることなく、あと少し忍耐強くいることが大切だ、という話でした。

 

自分らしさを愛することも同じじゃないかと思うんです。あと少し忍耐強くいて、自分らしさを抱きしめる練習をしてみようって。

 

そうなったら、間違いなく、楽に生きられるんだから。

 

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