自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

他人と自分の距離 自分と自分の距離

他人との距離のとり方

良く聞く言葉に「人との距離感がわからない」というのがあります。ほんとうは「人との距離」はすごく自然に取れているものなのにね。

 

日本人はとても狭い空間を共有していると思うんです。だから、どちらかと言うと、横行に自分の空間を占領する人よりも、他人がいると自然に分かち合っているというか、、、お辞儀の仕方なんかを見てもそうです。自分の空間を守りながら、他人のそれも尊重しているーーだからあんなふうにきれいに頭を下げれるのだと思います。

 

なので結論から言うと、「距離のとり方」なんて考えずに、自分の心地良いことの方に気持ちを向けることです。そして、その意味で、「自分と自分の距離」のことを見守っていくべきです。

 

自分と自分の距離

たった今、自分がどこにいるのか? どんな空間にいるのか? と言ってもいいかもしれないけど、それをいつも意識しておくこと。そして、自分と対話する時間を持つこと。マインドのおしゃべりに付いていかないで、深呼吸して「ああ、気持ち良いなあ」というところにいる時間を多くすること。

 

そうすると自分との距離がどんどん縮まっていって、最終的にいつも、どんなときでも、自分としっかりいれるようになります。自分としっかりいれることほど、幸せ感をもたらしてくれることはありません。

 

いつもいっしょにいるので、だんだん自分のことが好きになるし(これ、ぜったい保証付き)、ちょうど仲良しの友だちがいっしょにいてくれるのと同じような心強さがあるので、あまりくよくよしなくなる、ちょっとくらい失敗しても、自分を許してあげれる、そうなったら、あなたはあなたにとって最高の友だちじゃないですか!

 

自分を許すについて

 

最近私に起きたことは、自分でも褒めてあげれることなので、ついでに書いちゃいます。あるイベントのコーディネイトをしていて、責任重大な選択を迫られた時に、私はもうこれ以上この重圧感に耐えられない! となって、その仕事をギブアップしたんです。

 

以前の私にはあり得ないことでした。というのも私は、約束したことはかならず守る、責任感のある自分をあまりに大事にしすぎて、そういうセルフ・イメージ(これが私だと思い込んでいる、つまりは同化している部分)から抜けられず、どんどん自分に重圧を与えて苦しむというパターンがあったのです。

 

楽しむならまだしも、苦しいわけだから、当然無理がやってきますよね? でも、それをギブアップする自分をなかなか許せなかったのです。こうやって書いていてもしんどくなるくらい、呼吸が浅くなって、、、でも、ある意味もうどうしようもないところまで来たからこそ、耐え切れなくなって「お許しくだせえ〜〜」って叫んだんですね。

 

そしたら、まったく予想外の解決策がぽこんと浮かんだんです。そして、そのギブアップした仕事が自分に合ったサイズのものに変身したんです!

 

責任を持つことと同じくらい自分を許すことも大事だなあって、これは大きな学びでした。いくつになっても、人生の学びは続いていくもんですね。