自分自身のマスターとして在る

瞑想歴33年・コアな瞑想体験を綴っています

自分らしさって?

その自分らしさはどこにあるの?

そもそも自分らしさって何だろう? じっくり眺めてみると、奇妙な言葉だなあと思いつつ、でもけっこう耳にする表現なので、あえて取り上げてみたのです。

 

いつもの自分じゃないふるまいや行動をすると、人は「自分らしくない」ことをしたと言います。じゃあ、いつもの自分が「自分らしく」って、いつも「自分らしい」行動をしているのかと言うと、どうもそうではないようです。じっくり考えてみると、とても矛盾していますよね? 

 

おそらく、人はいつも、これこれしかじかの状態/行動/ふるまいは「自分らしい!」と言ってにっこりする瞬間を心底求めているんだと思います。

 

そうじゃない状態/行動/ふるまいを取らされることに飽き飽きしていて、腹も立てており、もううんざりなんだけど、そのことを大声で叫ぶ勇気がないから、つい「自分らしくない」ことばっかりして、そんな自分に飽き飽きして、腹も立てており、もううんざりなんです!!!

 

それで、たまに「自分らしい」と感じれることがあると、にっこりせざるを得ないわけです。そのままいれば良いのに、またそうじゃない状態/行動/ふるまいに戻っていって、飽き飽き、腹が立つ、うんざりをやる。

 

ちょっと立ち止まって、その自分らしさがどこにあるか? って自分に尋ねてみると良いんだけどな〜と、思うんですよね。

 

私の私らしさは、片方の眉毛がぐっと上がって、なぬ? って表情になるときの、その眉の上にあります。それが出るときは、そこに起きている状態/行動/ふるまいに対して、存在全体で笑っています。

 

人生はジョークの連続だぜ、って思いながら、、、。

 

最近きれいになったね

いえ、別に誰かにそう言われたわけじゃなくて、鏡の中の自分に言うんですけれどね。生まれながらにして、チョー楽天的だと思うけれど、最近の私は、「Life is a joke」っていうのを悟って、自分が人生のハイライトの時期にいると確信するようになったのです。

 

意味もなくしょうっちゅう笑うからだろうけど、皺も伸びて、肌に張りができてきたように思うんです。「きれいになった」なんていう言葉はおまじないなわけで、言わないより言った方が良いですよ。

 

ヒプノ効果ってもんです。

 

そしてね、、、。

 

自分らしいらしくないかよりも、きれいな自分、やさしい自分、元気な自分、がそこにいれば良いんじゃないんですかね?

 

クリーン・ランゲージ・セッション

今日はたまたまクリーン・ランゲージのスカイプレッスンをトレーニングしていたのですが、受講者が興味深いコメントをくれました。

 

「クリーンのセッションって、習ったばかりの私にでもできるんだ、という感覚が持てるのが良いですね。だって素人の私がいきなりDasoさんに練習台になってもらって、Dasoさんがいろいろ新しい情報を見つけていくのを目の前にしているだけで、自信が持てちゃいます」

 

まったくその通り。私がクリーン・ランゲージを教えているのは、だれにでもマスターできるからなんです。それがどんに楽しいものか一人でも多くの人に伝えたいからなんです。ステップメールに書いているので、興味があったら読んでみてください。

 

で、その彼女に今日やってもらったセッションで、私は、今やっていることのしんどさは、自分が過去から引きずって来たカルマを終えるためであることや、そこにいかなる感情も持ち込まなければ、それらは簡単に終わることを見つけ、大きなため息をついたのです。

 

それが終わった時に目の前の扉が開き、その扉は両脇を通って背中に回ったと思ったら、過去を閉じたんです。その瞬間の感覚は今もからだの中にあります。

 

クリーン・ランゲージほど自分らしさを見つけられるツールは他にないかもしれません。